今日の福音は、マリアのお告げの場面です。驚くべきことは、ガリラヤの1人のうら若い女性の一言が、神の救いの歴史を大きく前進させることです。「Fiat (お言葉どおりになりますように)」というマリアの言葉を、どれほど神御自身が待っておられるか、そして、ベルナルドの言葉を借りるなら、まさに全被造物が今か今かとその一言を待っているということです。
この一言で、神は人となって、私たちと共に住むことになられたのですから。マリアの「Fiat」ほどではないかもしれませんが、神は私たち一人ひとりの「Fiat」を待っておられるのかもしれません。
ささやかな存在でささやかな役割かもしれませんが、この世に命を頂いた以上、すべての人には神の救いの歴史に果たす役割があります。そして、その役割に「Fiat」と応えることを、神が待っておられる。私たち一人ひとりの今日一日の「Fiat」を、マリアと共に主に捧げたいものです。
John Goto
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