四旬節も大詰めを迎えています。出エジプト記では民を滅ぼすといきまく神様に、モーセがとりなし、神様に思いとどまらせたと記されています。
ヨハネ福音書は、イエスが神様から使わされた方であることを示す証人のことが取り上げられています。旧約聖書がその証人であり、イエスのなさる業そのものが承認であることを示し、常に回心が求められています。この回心を通して、イエスの証人となることが、四旬節を行き、復活を準備する私たちに求められている。イエス様が父なる神様に私たちに回心の恵みが与えられるよう、とりなしてくださると。回心には十字架(苦しみ)が伴うことも、教えてくれます。
国松神父
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