主イエス・キリストが亡くなられたことを記念する今日の典礼の中で、ヨハネによる受難の物語が読み上げられます。福音記者のスポットは十字架と十字架を担っておられる主イエスに当てられていますが、恥ずかしい死刑のしるしであった十字架は、救いと栄光のしるしとなるのです。
「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のそのままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12,24)とおっしゃった主イエスは、十字架と復活でもって、忠実に、この言葉を実行に移します。十字架上の死の後に主イエスは復活の栄光を受けたように、わたしたちも、日々の十字架を担った後、永遠の命の栄光を与えられるのです。
主イエスの十字架上の恥ずかしい死と復活の栄えある栄光を分けることが出来ず、今日、わたしたちの信仰生活の中心であるこの二つの事実を一緒に黙想し、復活祭を迎える心を整えましょう。
Achille Loro Piana
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