今日の福音ではイエスが登場して人々の流れが変わっていくことに対して、ヨハネの弟子たちがヨハネに対して「みんながあの人の方へ行っています。」と訴えかけます。しかし、ヨハネは「花婿を迎えるのは花嫁だ。花婿の介添人はそばに立って耳を傾け、花嫁の声が聞こえると大いに喜ぶ。」と答えています。
私たちは概して自分が隅に置かれることをよく思いません。そして「わたし」が中心にならなければという思いが自分のどこかに多かれ少なかれあります。だからこそ自分よりも他の人が評価されるのを疎ましく思ったり、自分が周りの人からどのように思われているのかが気になったりするのです。そしてそれが度を超すと人を欺いて自分が上に立とうとすることになるわけです。そう考えると先のヨハネの返答や「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」という言葉はとても重い一言だと感じます。
では、どのようにしたらヨハネのような心境になれるのでしょうか?何よりもまず、「私たちがイエス自身から無条件で大事にされている」ということを実は忘れている、あるいは気づいていないのではないでしょうか?人の評価ではなく、神自身から私たちは生かされているのです。それを出発点とすれば、長い時間をかけて少しずついずれはヨハネのような心境になれるのかもしれません。ヨハネも自分が神から生かされていることを知り、イエスが自分にとって全てをかけて証しする存在であったからこそ、イエスが中心になっていくことに喜びを感じることができたのだと思います。
ぼすこ
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