今日の福音書でヘロデは洗礼者ヨハネの教えに喜んでいながら、ヘロディアの娘に「欲しいものがあれば何でも言いなさい」と皆の前で言ってしまった以上、「洗礼者ヨハネの首を頂きたい」と頼まれて自分の言ったことを客の手前、撤回することができずにヨハネ殺害を命じてしまいます。
「なんて残酷なことを!」と非難しがちな私たちにも実は同じようなことがないでしょうか?自分のメンツを保つために自分の良心に反することをしてしまった経験が果たしてないと言い切れるでしょうか?この「客の手前」というひと言に人間の弱さ、脆さがよく表現されていると思います。
そんな弱い私たちの状態をよく理解して全面的にゆるして下さったのが、主イエスの十字架の姿ではないでしょうか。そこには人間のメンツ、強がった仮面を完全にはぎとられた真の人間の姿があります。
ぼすこ
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